機能性胃腸症(機能性ディスペプシア:FD)
機能性胃腸症とは
機能性胃腸症は、日本消化器病学会の機能性消化管疾患診療ガイドラインによると「症状の原因となる器質的,全身性,代謝性疾患がないのにもかかわらず,慢性的に心窩部痛や胃もたれなどの心窩部を中心とする腹部症状を呈する疾患」と定義されます。検査をしても、胃に、症状の原因となるがんや潰瘍などが認められないのに、胃もたれや痛みなど辛い症状が現れる症候群です。「機能性ディスペプシア(FD)」とも言います。 大きく分けて以下の2つの症状があり、いずれかを自覚することが多いです。食後愁訴症候群
食事に伴っておこるタイプ(胃もたれ、食後すぐに満腹、げっぷ、嘔気など)心窩部痛症候群
胸~上腹部に痛みを感じるタイプ(心窩部痛、心窩部がやけるような感じなど)その他に、喉の違和感、胸部違和感、咳、背部痛などを感じることも多いです。
検査
機能性胃腸症(FD)と診断するために、食道・胃などに症状の原因となる器質的な病気がないことの確認を目的に検査をします。問診、採血、腹部レントゲン、内視鏡検査、腹部超音波検査などが症状に合わせて選ばれます。
腹部単純レントゲン検査
36歳女性 機能性胃腸症
腹部単純レントゲン写真では、立位(左)で胃に空気が重力の関係で上側に移動して、胃液が
貯留している鏡面像(ニボー)を呈しています。
臥位(右)では、発泡剤(胃に人工的に空気を貯留する薬)を内服していないにもかかわらず、
胃の動きが止まっていることで、胃内に空気が充満しています。
診断
定義自体が、難しい病気ですが、ガイドラインによれば、6か月以上前から上記であげた症状、①つらいと感じる食後のもたれ感,②つらいと感じる早期飽満感,③つらいと感じる心窩部痛,④つらいと感じる心窩部灼熱感のうち1つ以上があり,直近の3か月間もその症状が起きている.そのうえで上部内視鏡検査などで、症状の原因となる器質的疾患を認めないことで診断されます。
原因と病態
原因に関しては、いまだ分からないことが多いのですが、遺伝的背景,酸分泌異常,精神・心理的ストレス,食事因子,腸内細菌叢および微小炎症や感染などが複雑に関与していると考えられています。病態に関しては上部消化管(食道・胃)の運動異常や内臓知覚過敏が挙げられます。
胃の運動機能の異常、胃の内容物の停滞、胃酸の出過ぎ、痛みを感じやすくなっている状態に、食習慣を中心とし生活習慣の乱れとストレスが加わり、症状が出ると言われています。また、心理的要因(精神的ストレス)、思春期のお子さん、女性の場合はホルモンバランスなども影響しているといわれています。
治療方針
まずは、医師が患者様の症状を傾聴し、上部消化管の機能的変調によって起こっている病気であり,生命予後に影響する可能性の低いことや患者様のつらいと思う症状を医学的に対応が必要な病態として受け止めて,治療方針が立てられることを説明することが大事です。この説明により患者と医師の信頼関係を構築することが治療において最も大切になってきます。そのうえで、食事・生活指導、薬物療法と患者様の個々の症状に合わせて適切に組み合わせていくことがこの疾患の治療が成功するかどうかの鍵となります。当院を受診する多くの機能性胃腸症の患者様は、薬物療法を必要とするほど辛い症状を持ってくることがおおいので、まずは下記を中心とした薬物療法を行います。その上でさらに食事・生活習慣の指導を行って総合的に治療していきます。
機能性胃腸症における薬物療法
消化管運動機能改善薬
現在、様々な消化管運動改善薬があり、この使い分けと組み合わせが大切です。これらの薬剤は、低下または亢進した胃腸の運動機能を正常な状態に近づけます。胃酸分泌抑制薬
プロトンポンプ阻害薬(PPI)やヒスタミンH2 受容体拮抗薬の効果に関するエビデンスは多く,その有効性が報告されています。胃の動きが低下して本来食後すぐに蠕動して胃内の食物が腸に移動する事が妨げられていることが多く、結果的に2次的に逆流性食道炎を併発していることがほとんどです。そこで逆流性食道炎での治療で有効なPPIやH2受容体拮抗薬などを適切に使用することも大切になってきます。漢方薬
漢方薬のなかには、胃の動きや食道・胃の知覚過敏に有効とされるものがいくつか存在し、特に「六君子湯」は、機能性胃腸症の治療においてその有効性を臨床試験で証明されている漢方として有名です。抗不安薬
精神的な要因が強い患者様には、有効な事が多く、軽い不安や緊張に有効で、消化器機能のストレス反応を和らげる作用があります。ただし当院では、精神的要因が内科診療の範囲を超えていると判断される場合は、心療内科へのご紹介も行うことがあります。食事・生活指導
上記薬物療法を行いながら、同時に、食事・生活習慣改善の指導を行っていきます。生活習慣では睡眠不足や、運動不足が大きな要因です。食事習慣としては早食い・過食・食事をスキップする・食事時間が不規則・食事内容の欧米化の傾向が指摘されていて、これらを見直してもらうことも大切になっていきます。食べ物の種類では脂質(油もの)との関連が多く、これらの点も指導していくことも大切です。
過敏性腸症候群(IBS)
過敏性腸症候群(IBS)とは
- 「便秘型」:腹痛や張りを伴う便秘が特徴
- 「下痢型」:腹痛を伴う下痢が頻回であることが特徴
- 「混合型」:下痢と便秘を繰り返す
- 「分類不能型」:上記いずれともいえない(腹痛のみ、膨満感など)
原因・病態
機能性胃腸症(FD)同様に、いまだに明らかな発症原因はまだ分からないことが多いのですが、多くの場合、不安・緊張などの精神的ストレス、疲れ、不規則な生活など肉体的ストレスが原因だとされています。症状が学校・仕事などの日にだけみられる場合もよくあります。機能性胃腸症と同様に、消化管の運動異常や機能異常、知覚過敏、ストレスなどが複雑に影響し合って発症すると考えられています。
検査と診断
検査は、症状の原因となる器質的な疾患がないかを調べる目的で行います。便の検査、採血、腹部レントゲン、全大腸内視鏡検査、腹部超音波検査などを行います。
診断は、機能性胃腸疾患の世界的定義であるRome Ⅳ基準では、これらの検査で症状の原因となるがんや炎症性腸疾患である潰瘍性大腸炎やクローン病など器質的疾患がなく、反復する腹痛やお腹の不快感などの症状が、最近3か月のうち少なくとも週に1日以上あり、さらに腹痛が、
- 排便によって軽快するなど、排便に関連する
- 排便回数の変化により始まるなど、排便頻度の変化に関連する
- 便形状(外観)の変化で始まるなど、便性状に関連する
治療方針
治療の目標は患者自身の報告による主症状の改善が得られることであり、低下した生活の質(QOL)を向上させることです。治療は第1段階(消化管主体の治療)、第2段階(中枢機能の調節を含む治療)、第3段階(心理療法)に分けられます。
第1段階の治療
患者に病態の説明を十分行い,良好な患者-医師関係を構築し,症状の強さやタイプ、特にお悩みの症状、ライフスタイルなどに合わせ、生活習慣指導を行いながら、症状のサブタイプ別の優勢症状に基づいて、一人一人の症状にあったきめ細かい薬物治療を行っていきます。過敏性腸症候群の治療薬も様々ありますが、大切な事は、10人患者様がいたら10人とも同じ薬剤で良いかと言えば、全く違い、同じ症状のサブタイプでも、薬剤は全く違います。つまり患者様一人一人の症状を粘り強く傾聴し、様々な薬剤を経験に基づき処方し、トライアル&エラーでその患者様にあう薬剤を探すことが大切です。生活習慣の改善は、食事内容や食事のとり方、運動、排便習慣などを丁寧にご指導し、無理なく続けられるようサポートしています。
第2段階の治療
患者のストレスや心理的異常の関与を評価し,うつまたは不安の関与を評価する。病態に応じて抗うつ薬や抗不安薬を用いることも視野に入れていきます。第1段階の消化管に作用する薬剤と併用することがまだ多い段階です。
第3段階の治療
薬物療法が無効な場合,心理療法が行われます。心理的異常が大きく影響していると考えられる場合で、心療内科的なアプローチが必要かどうかを判断する段階です。当院は、消化器内科の専門医ですので、この段階の治療が必要と判断される場合は、心療内科へ紹介をいたします。
過敏性腸症候群は、特殊な病気ではありません。日本人の場合、全人口の10-20%程度にみられるといわれています。当院で治療を希望する患者様のほぼ99%は、第1段階の治療で、症状の改善がみられています。
機能性胃腸疾患である機能性胃腸症(機能性ディスペプシア:FD)、過敏性腸症候群(IBS)について
生活習慣の乱れやストレスによって発症・悪化することが多いため、生活習慣改善やストレスへの対処は治療にもとても重要です。症状自体は薬物療法で緩和させ、発症や悪化を避けるために無理のない生活習慣改善への丁寧なご指導を行っています。体質やライフスタイル、お悩みの内容などにきめ細かく合わせた治療を行っていますので、些細なことでも気兼ねなくご相談ください。機能性胃腸疾患である機能性胃腸症(FD)や過敏性腸症候群(IBS)は、この20年前までは、症状の原因となるがんや潰瘍、炎症など器質的疾患がなければ、治療すらされないという状況でした。それはこの病気の概念自体が確立されておらず、医療者に治療の必要性が認識されていなかったのが原因です。この状況は、残念ながらいまだに消化器内科を専門としない医師には多く、また総合病院など大きな病院ほどその役割からまずはがんや消化性潰瘍、潰瘍性大腸炎やクローン病など器質的疾患の治療が必要な患者様が優先されるため、あまり専門的に治療されていないことが多いです。当院は、がん治療を一番の存在意義に日々の診療に当たっていますが、開院以来、これら機能性胃腸症も数多く診療してきました。このように治療経験豊富な消化器内科専門医が消化管の病変(がんや消化性潰瘍、潰瘍性大腸炎やクローン病など)がないかをしっかり確認し、症状の原因となる器質的な要因がないことを確認した上で、詳細な問診、症状の経過観察、診断を行い、患者様のライフスタイルやお悩みの内容に合わせた治療を行っています。